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08/05/2009

意図できないもの

(7月中旬に撮った写真なので、今どういう状態かは分かりませんが)
馬喰町界隈で歩いていて、目を奪われた。と思ったら、

ああこれも取り壊されてしまうのか。。
個人的にはとても魅力的だと思うのに。別の考え方は無いのだろうか。(勝手な話ですが)

ある時代を物語る建物に、同じく時代(?)を語るようなバラバラの看板が妙になじんでしまっていて、
相乗効果的に風情がでている。(実際何かの用事でこの建物を訪ねたら一瞬目が泳ぐとは思うが)

こういう在り様は意図してデザインされた物と真逆のベクトルから存在している。
時間がさらに深みを加えているのか。

一方で、とても新しくてモダンに出来た建築に、意図しない形で入ってしまったテナントによる
意図しないサインや色彩にがっかりする事がある。
でもそれは、本当は意図できないのではなく、もともと受入れる余地が無いだけ、とも思う。
(つづく)

コメント

はじめまして、勝手にコメント失礼します。


あぁこれも取り壊されてしまうのか。

その感じ、わかりますー


建物や空間が、時間を得て出来上がった、
(おそらく)偶然の賜物。

それとはうらはらに、

時間を得て建物は、
重力に耐えられず劣化する。
古くて汚いの部類として認識される。


なんとなくの切なさを感じます。


私はリノベーションのお仕事をさせてもらっています。
少しずつでも、
再生という考え方が普及するといいなと思っています。

長々と失礼しました!


ROOVICE.さん


コメントありがとうございます。
セキュリティの関係上、公開が大変遅くなりすいませんでした。


リノベ、良いとおもいます。
しかしまだ一般的には、手間やコストもかかるので、
その意思決定へのエネルギーは楽ではないのかなと思い、
それにかかわることの大変さ、(勝手に)お察しします。


世の中的に
新築の方が全部綺麗になるし、やりやすいし。
という考えがまだ現実的には(様々な理由含め)勝ってしまうことが多いのかなと思います。


しかし、何かを新たにつくるという事は何にせよ
「その先の時間」に対する責任というものも本来はあるのだとも思います。
新しいものが出来上がった瞬間が全てではないということですね。


ROOVICE.さんおっしゃるところの「偶然の賜物」
これはその後で、出現するものですよね。
これをもっと楽しみ、活かせたらなーとも思うのですが、
それはさらにまた別のエネルギーなんですけどね。。

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